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2014/12/26

ハートビッヒ・ガウダーさんの記事『三つの心臓を持つ男』がドイツの新聞に掲載されました。

『三つの心臓を持つ男』

ハートビッヒ・ガウダーは自分の心臓では42歳しか生きられなかった。

この月曜日に1980年オリンピック優勝者は60歳の誕生日を祝い、そしてまだ多くの事を成し遂げようとしている。(Uwe Jentzsch 記)

エルフルト ― 陸上競技選手のハートビッヒ・ガウダーは50Km競歩のオリンピック優勝者として名声を得て、その後、ヨーロッパ選手権、世界選手権優勝という快挙を成し遂げている。中でも彼の名前は“3つの心臓と二つの命”を持つ唯一のオリンピック優勝者として世界中に知られる。しかし、ガウダーはスポーツでの栄光と“二つの心臓”の狭間で生死をさまよう経験を余儀なくされた。この月曜日にエルフルトでガウダーは少人数の人達と60歳の誕生日を祝う。そこに集う人たちは「栄光に輝いた時も、苦しかった時もいつも一緒にいてくれた友達」と彼は言う。

先週の金曜日にハートビッヒ・ガウダーは奥さんのマリオン・ガウダーと共にバイエルンのテーガンゼーに出向き3日間の休養を楽しんできた。その帰り道に誕生日会に招待されている一人をミュンヘン空港でピックアップした。それは数週間前には想定すら出来ないことであった。その時の彼の健康状態は最悪で、低血圧と頻拍で意識も朦朧として来て車いすでの移動もままならない程であった。ベルリン心臓病センターに入院、集中治療室での治療と内服薬の調整、心臓リハビリを重ねることで再び元気を取り戻した。「今の私は元気な60歳といったところですね!」と少し冗談気味に話をしてくれた。彼は現役引退の1993年にドイツ陸上競技協会「ルドルフ・ハートビッヒ賞」を受賞している。

1995年それまで全く健康でウオーキングの普及に力を入れていたガウダーに突然心臓病が発覚、彼の心機能は正常の16%にまで落ち込んでいた。ガウダーは生死をさまようまでの重病な心不全にかかってしまっていた。その原因は彼がワイマーの近くの古い建造物改築目的で測量を行っていた1994年10月に罹患した心筋の細菌感染によるものであった。その建物は戦後のソビエト占領時代に養鶏場として使用されていたものであった。42歳の彼の命は補助人工心臓装着、その後の敗血症という致死的合併症と共に終わろうとしていた。長期にわたる治療と待機期間で精神的に疲れ切っていた彼にドナー出現という朗報あり心臓移植で一命を取り留めた。1997年1月30日の事であった。

「その日が私の第二の誕生日です。その日を迎えられたことに本当に心の底から感謝しています。毎年1月30日には移植のために臓器を提供してくれた人々のためにロウソクを灯します」とガウダーは述べる。それだけではなくガウダーは毎日のように臓器移植啓蒙のために活動を行っている。中でも、「臓器提供に賛同するスポーツ選手の会」でその教会の字事務局長を務め、とりわけ臓器移植を必要とする子供やその家族の支援に力を入れている。また、ドイツ感染症学会の評議員を務める中、多くの講演活動、著作と彼の活動には絶え間ない。「パワーウオーキングー歩き方」についての本は日本語にも翻訳されている。

自分が病気になる前はスポーツ選手の健康管理に関する数多くの講演を行ってきたが、まさか自分の心臓が病にかかるとは想定さえできなかった。「今は心臓病にかかっている人に寄り添い、悩みを聞くことができる。」と苦笑いしながら語る。

エルフルト在住の「第三の心臓」を持つ男はシュツットガルト近郊のブァィニンゲン生まれる。ウメナウの実家で幼少時代を過ごし、ワイマール大学で建築士となる。1999年にニューヨークマラソンを競歩で完走、2003年には心臓移植を受けた人の中で初めてとなる快挙を成し遂げる:日本の神聖な山で知られる3776mの富士山に登山。彼は建築家として働く中、チュービンゲンの経財省、総務省に籍を置き、その後イエナー大学の健康講座の責任者として6年間勤務した。その間、エルフルトの市長にも推薦されたりした。現在はエルフルトの厚労省、健康推進課で20時間勤務を続けている。

彼の仕事がこれからどうなっていくかは定かではない。しかし、日本大学の客員教授であるガウダーは日本での講演活動を行っていくことは確かである。近いうちにまた日本に向け出発する予定が決まっている。 家族の応援は欠かせない。「自分の妻が私の歩む道を共に歩いてきてくれたことは私の成功よりも大切だ。そして歯科医となった息子のマークスが妻の歯科医院で一緒に働くことになったことは大変うれしい」とガウダーは言う。

これからやりたい多くの事の中でとりわけ成し遂げたいことが一つある。「私は自分の心臓で42歳生きた。しかし、私は第二の心臓で同じ年月を生き、そのあとは一年でも長生きできるように懸命に努力をしていきたい。」と白髪交じりのガウダーは語る。そのために大切なことは自分の身体の声に耳を澄まし、常に強い意志を持ち規律ある生活の中で健康に意識をしながら楽しみながらスポーツを行い、そしてたまにはおいしい食事とワインを楽しむことだ。

独文和訳 南和友 先生

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