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2014/01/09

臓器移植についての独り言

 

臓器移植についての独り言

臓器移植によって助かる命がたくさんある、その一方、日本では臓器を提供するドナーの数が諸外国に比べて極めて少なく、わざわざ移植を受けるために多大の費用をかけて海外にわたる人も少なくない。
>そうした話を耳にすると、もっともっと、日本においてもドナーを増やさなければ、と思うが、日本では臓器移植に関してタブー視する傾向が強いのか、なかなかに壁は高いようだ。
>いかに誰にも納得の行く脳死判定を行うことができるか、というような問題もあろうが、それ以前に他人の臓器を移植するなどと言うことは神を冒涜するものだ、というような考え方をする方も少なくないのではないだろうか。事実、私にも、そのように考えた時があった。宗教上の理由から、輸血ですら受け入れることができない、という方もあるくらいだから、その血液が臓器となったら、なおのこと意識の上で拒否反応が生ずるのはある意味自然なことだろう。
しかし、今の私の考えは異なっている。臓器移植は、神を冒涜するどころか、神の力の偉大さに敬意を払えばこその行為だと考えるようになったのだ。なぜ、どうしてそのような考えになるのか?

医学がいかに進歩しても、たとえ幹細胞技術による臓器再生が可能となったとしても、人間が臓器そのものを「ゼロから創り出すこと」は決してできない……神様の力を知れば知るほど、そう考えるのは自然の道理だ。ひとたびこうした考えに至れば、骨を固定するためにボルトを埋め込んだり、ペースメーカーを埋め込んだり、透析器や人工心臓を使用したりすることよりも、むしろ、神様ご自身の手になる「臓器」に敬意を払って、もう一つの命、のためにそれを活かさせていただくことが、神さまの偉大さを認めることにつながることは容易に理解できる。

私自身は、こうした考えで、自らの疑問を解決して、臓器移植の推進活動を応援させていただくことに心を決めたのだった。

一日も早く、日本での臓器移植への理解が深まり、ドナーの数が他の先進国並みとなることを願いつつ、独り言を閉じることとする。

YAMAMOTO

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